東京タヌキ探検隊!

東京都23区内でのタヌキ生息数の推定(2006年6月版)

宮本 拓海

※無断転載禁止

2006年10月1日(日)放映、NHK総合「ダーウィンが来た!」に関しての補足はこのページの一番下にあります。

書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」では新しい推定を行っています。

●前文

私は東京都23区内のタヌキについて情報を収集しているため、その生息数の推定とその根拠を求められることがたびたびある。過去には拙著「動物の見つけ方教えます!」(数研出版、2004年)でその推定方法と推定結果を書いているが、おおざっぱなものである。
今回はより具体的な情報に基づく別の方法で現時点での推定を行う。ただし、さすがに23区内をくまなく実地調査したわけではないため、科学的なものではなく、推測を重ねただけのものであることは承知していただきたい。それでもタヌキについての知見やこれまでの経験を十分反映させたものにしている。この文書の内容をどの程度信用するかは読者の判断に任せたい。

なお、この文書は宮本拓海個人によるものであり、NPO法人・都市動物研究会の見解ではない。

●概要

・東京都23区内には約400〜約1800頭のタヌキが生息していると推測される。
・東京都23区内で、タヌキが生息可能と推測される場所は約300ヵ所ある(実際に生息しているかどうかは別)。
・これらの生息可能場所以外にもタヌキは生息しているものと考えられる。

●1 公表できる生息地

都市部のタヌキは郊外よりも(食事、繁殖などの点で)不利な環境で生活をしている。タヌキは特別に保護されている動物ではないが、野生動物であり、その生活を妨害することは避けたい。そのため、この文書では具体的な生息地の情報は伏せることにした。図版も省略した。
具体的な生息地情報、図版についての問い合わせは個別に対応する(時間が経過すれば公開できる情報も増えてくる可能性が高いため)。

タヌキの生息地の中には公開できる場所もある。公開できるのは以下の場所。

皇居(千代田区)
赤坂御用地(港区)
新宿御苑(新宿区、渋谷区)
明治神宮(渋谷区)
学習院大学(豊島区)
下落合(新宿区)
三井グランド(杉並区)
水元公園(葛飾区)

これらは既に生息がよく知られている場所か、立ち入りが難しい場所であり、特に非公開にする必要はないと判断した。しかし、予備知識無しに出かけてもタヌキを目撃できる可能性は極めて低い。

今回の文書では地名を伏せるものの、説明の必要上紹介する場所は以下の通りである。

世田谷区A地区
杉並区B地区

やじ馬気分でうろうろされては地元にも迷惑であり、タヌキの生息に余計な影響を与えないようにするため地名を伏せることにした。

なお、この文書では他にも具体的な地名が表記されるが、上記以外の場所では生息が確認されているわけではないことに注意されたい。

●2 推測の前提

今回の推定では、現在生息しているタヌキは以前から(世代交代しながら)そこに住んでいる、ということを前提にしている。言い換えれば、戦後、東京都23区内でタヌキの生息数がゼロになったことはない、ということである。
なぜなら、タヌキが生息している緑地はずっと一貫してそこにあったからである(新たに造成された緑地も一部ある)。タヌキが生息可能な場所があったのなら、一時的にでもそれらの場所すべてからタヌキが消え去ったとは考えにくい。どんなに都心であっても、現在もタヌキが生息し続けている可能性はあるということである。
若いタヌキたちは生まれた場所を離れて移動するので、23区外から流入してきた個体もあるだろう(当然、流出もあるだろう)。しかしそれは全体の一部である。

●3 地図上の生息地推定・推定最小値の場合

最初の推定では、条件を厳しく見積もって最小の生息数を推定する。

●3-1 タヌキが生息可能な場所の基準

市販されている地図とgoogleマップの衛星写真を使用し、タヌキが生息可能と思われる場所(生息可能場所)をプロットしていく。

(googleマップ http://local.google.co.jp/)

今回はおおよそ100m×100mの緑地を生息可能場所と見なしている。これに足りなくても周囲に緑地が散在していれば生息可能と見なしている場所もある。衛星写真では緑地ははっきりと緑色をしているか、不定形の形状をしているため判別は難しくない。
「100m×100mの緑地」の根拠は、これまでの生息例の大半が大きな緑地かその周辺であることによる。小さな緑地あるいは緑地がほとんどない場所での生息例もあるが、数は少ない。広大な緑地があれば、その自然環境内で食べ物を調達することは容易になる。また、緑地では人間がほとんど出入りしない場所、まったく出入りできない場所も少なくないため、ねぐらや子育ての場所にもなる。
ただし、必ずしも「生息可能場所=ねぐらのある場所」ではない。近くの住宅の庭や床下をねぐらにしている可能性もある。緑地にはねぐらがないとしても食べ物を探す場所として緑地を利用していると思われる。
100m×100mはかなり広い面積で、そういう場所は何らかのランドマークであることが多い。例えば、公園、寺社、大学といった場所・敷地である。

これらの生育可能場所は次の3つに分類した。
「生息情報あり」…実際に生息している情報がある(上記条件にかかわらず把握している生息情報はすべて算入した)
「生息可能性・高」…生息している可能性が高い
「生息可能性・低」…条件は満たしているが生息の可能性が低い。
ただし、この分類は筆者の主観に頼る部分が大きい。その場所の様子を知っているならば判断をしやすい傾向がある。知らない場所は低い評価になってしまう。

十分に広大な緑地があるならば、複数の家族がいるのは確実と見なしている。例えば、皇居には「生息情報あり」×1、「生息可能性・高」×2としている。これは、生息情報があり、面積と自然環境から考えて全部で3家族が生息していると推定するという意味である。

練馬区西部は緑地や農耕地が広がっており、タヌキの生息にはかなり適していると考えられる。地図上でのわかりやすい目印がないため生息拠点がわかりにくい。そのためおおよその行動範囲を地図上にプロットしていき推測した。

●3-2 計算

・生息可能場所
各区毎の生息可能場所の数は以下の通り。

  生息情報あり 生息可能性・高 生息可能性・低
千代田区
1
3
4
8
中央区
0
1
0
1
港区
2
7
6
15
新宿区
7
1
3
11
文京区
0
8
3
11
台東区
2
2
0
4
墨田区
0
1
1
2
江東区
0
0
5
5
品川区
0
2
4
6
目黒区
0
4
8
12
大田区
1
3
7
11
世田谷区
5
16
15
36
渋谷区
2
3
4
9
中野区
1
5
13
19
杉並区
5
18
18
41
豊島区
1
3
2
6
北区
0
1
9
10
荒川区
0
0
5
5
板橋区
3
3
10
16
練馬区
2
5
35
42
足立区
2
1
10
13
葛飾区
1
1
2
4
江戸川区
1
1
6
8
36
89
170
295

純粋に総計すると生息可能場所は295ヵ所あることになる。しかし、そのすべてに生息しているという確信はない。そこで、カテゴリー毎に係数を乗じて集計する。
係数は
「生息情報あり」は1倍
「生息可能性・高」は0.7倍
「生息可能性・低」は0.3倍
とする。この結果を総計すると、

(36×1)+(89×0.7)+(170×0.3)=149.3ヵ所

となる。この場合、端数にこだわる必要はないので、以下150ヵ所として計算する。

・生息数算出の時期

タヌキは初夏に出産するため、その直前と直後では生息数が大きく異なることになる。そこで、いつの時点での生息数を採用するかは考慮せねばならない。
今回は、春の出産前の時期を選んだ。つまり「最も頭数が少ない時期」にあたる。この時期は、前年の子どもは多くが独立しているが、これらの子どもも親といっしょの1家族と見なす。東京都23区のタヌキの子どもの数は2〜3頭程度の例が多い。また、子どもを産まない場合もあり、産まれても翌春までに死亡する個体も少なくないだろう。そこで全体の平均的な数値として、1家族あたり3頭(つがい+子ども1頭)として計算する。

以上の値を元に計算する。結果は次の通り。

生息可能場所×家族当たりの頭数
=150ヵ所×3頭
=450頭

これは数値を厳しく見積もったものであり、東京都23区内には少なくともこれだけ生息しているのは確実と考えられる。

●4 推定最大値の場合

次の推定では、いくつかの他の条件を加え、最大の生息数を推定する。

●4-1 生息可能場所の再推定

前記の生息可能場所の推定には問題もある。

(A)筆者の主観
筆者は主に西部地域の方をよく知っており、東部地域はあまり行ったことがない。東部地域のプロット数が少ないのはその影響もあるかもしれない(それでも西部地域の方が明らかにタヌキ好みの場所である)。足立区や葛飾区はもっと生息可能地域があるかもしれない。(中央区は明らかに生息可能場所が少ない。)

(B)高密度での生息
タヌキのなわばり(行動範囲)は平均50haといわれている。しかし、下落合、世田谷区A地区では狭い範囲に複数の家族が生息している例がある(地図参照)。赤の他人が集まってきたのではなく、独立した子どもたちが周辺にじわじわと生息範囲を広げているような印象である。これは生まれて1年以内に子供が独立するタヌキの生態にも合致している。
そのため、ひとつの家族が生息しているのならば、すぐ近くにも別の家族(おそらく血縁関係の強い家族)がいる可能性は高い。このことを考えると、生息可能場所は2〜3倍にもなる可能性がある。

(C)緑地が無い場所での生息
前記の基準(100m×100mの緑地)に満たない場所での生息情報もある。例えば、大きな緑地がない住宅地にタヌキがいたという例がある(世田谷区A地区近辺)。これも近くの緑地の家族から独立した子どもたちと推定していいかもしれない。緑地が無いからタヌキがいないとは必ずしも言えないのであるが、これは現地で聞き取り調査などをしない限り確認は難しいだろう。

(D)河川敷の評価
多摩川、荒川、江戸川の河川敷はタヌキの生息が見込まれる場所だが、評価が難しい。現場の利用状況を見てみないことにははっきりとしたことは言いにくい。例えば野球グラウンドやゴルフ場になっていて日常から人の出入りが多いところではタヌキには暮らしにくいだろう。植物がよく管理されている場所も暮らしにくいだろう。逆に、植物があまり手入れされていない場所ならタヌキには暮らしやすいと考えられる。ただ、河川敷に人の出入りが多いとしても、近くの小緑地をねぐらとし、夜に河原にやって来るという生活は可能である。
隅田川、神田川その他の小河川は河岸が完全にコンクリートで固められてしまっているのでタヌキの生息には明らかに適していない。

以上の内、AとDは現時点では数値的評価が難しいので除外する。

残るBとCについては、より精密な現地調査を積み重ねていくべきではあるが、無視できないものと思われる。
BとCは同じ現象を別の視点から見ている可能性もある。子どもの独立というのはタヌキにとっては普遍的な生態であり、独立した子どもたちが近くの緑地が無い場所で生活するようになった、ということなのかもしれない。そして子どもは毎年のように独立していくので、緑地の周辺地域にはじわじわとタヌキの生息地が広がっているのではないかと推測される。
その広がりの数値化は、これもまた具体的な例に基づくものではないが、2〜4倍になると仮定することにする。

●4-2 計算

上記BとCを算入すると、「3-2」での生息可能場所は150ヵ所だったので、
2倍なら300ヵ所
4倍なら600ヵ所
となる。

これらの数字は大きいように思えるかもしれないが、23区の地図に300ヵ所をプロットしてみてもまだすき間が目立つほどで、ありえないものではない。600ヵ所でもびっしり埋まるというほどではない。

さらに、1家族当たりの頭数は3頭のままとして計算すると、23区全体での生息数は

(生息可能場所×係数)×家族当たりの頭数

係数2倍の場合 =(150×2)×3=900
係数4倍の場合 =(150×4)×3=1800

よって、
900頭〜1800頭
と算出される。

●5 推定生息数のまとめ

以上の推定から、東京都23区に生息するタヌキの数は、
約450頭〜約1800頭
と推定される。
これまでは「1000頭以上」という推定値を使用してきたが、今回の推定でもそれを支持する結果となった。

●6 推定の問題点と今後の課題

今回の推定では値の幅が広すぎる。これは不確定な要素が多いための結果である。今後の調査によってより正確なパラメーターが得られるよう努力しなければならない。つまり、タヌキの目撃情報の収集と、それぞれの家族の生息範囲を明らかにする必要がある。
今後の都心部のタヌキ研究の展開のためにも、また一般への理解の普及のためにも、こうした基礎データの充実は必要だろう。

●7 最大限の生息可能数はどれほどか

次に、実際には起こりえないだろう仮定の計算をする。23区内にタヌキが増え続けると最大どれぐらいになるか、という試算である。

まず、生息地は上記の生息可能場所の数値を使用する。これらすべての生息可能場所(約300ヵ所)にタヌキの家族がすんでいると仮定する。家族構成はすべて4頭とする。さらに、周辺にもその親戚がいるとして4倍の係数を乗算する。

これで計算すると、
生息可能場所×家族当たりの頭数×4
=300ヵ所×4頭×4
=4800頭

これでもすき間なく23区全域をおおっているわけではないので、さらに上積みはできるかもしれない。しかし、タヌキの生活の中心的基盤となるのは大きな緑地であることを考えると、このあたりが上限ではないかと考える。
つまり、23区内には5000頭程度生息することは可能だが、10000頭にまで増えることは難しいだろうと推測する。

これは想像になるが、これ以上の数となるとタヌキの目撃例が増大し、住民(や野良猫)とのトラブルも頻発することが予想される。そうなると駆除の対象にもなりかねないだろう。そういう意味でも5000頭は上限なのではないだろうか。
ただし、これは「5000頭以上は過剰」という意味ではない。これらは推測に過ぎず、もしタヌキが増殖しても実際の被害や影響を考慮に入れるべきであり、単純に「5000頭を超えたら駆除」などとあてはめるべきではない。東京都のカラス問題では根拠もなく「適度な生息数」が設定され、過剰なカラスは駆除するという施策(愚策)が行われている。これと同じことを繰り返してはいけない。

5000頭あるいは10000頭以上という数字は「かなり多い」という印象を与えるかもしれないが、面積を考えれば生息密度が極端に高いというほどではない。
タヌキが大繁殖して問題になっている知夫里島(島根県隠岐郡知夫村)の場合、墨田区や豊島区ほどの面積に2000頭が生息しているという。東京都23区全体で1000頭程度というのは生息密度が相当低いことがわかるだろう。生息環境を考えるとこれは妥当な数字といえる。

●8 生息可能場所についての個別コメント

生息可能場所を地図にプロットするといろいろなことがわかってくる。ここでは順不同でコメントを書いていきたい。

・生息可能場所は、東部地域より西部地域に多い。これは私自身がその場所を知っているかどうかにも左右された面は否定できないが、それを差し引いても西部地域は自然環境が良いのは間違いない。

・古くから開発が進んだ地域、例えば中央区(新橋、銀座、有楽町、日本橋)、台東区、墨田区といった場所には生息可能場所は少ない。これらの地域には本当に緑地が少ないのである。

・東京は大都会といわれるが、それでも緑地はよく残っていると言えるだろう。ただし、世界の大都市と比べて多いか少ないかはわからないが。

・緑地は残っているものの、小さな緑地が孤立して存在している場合が多いのも事実。緑地がベルト状に連続しているのが本当は望ましい。その役割を果たしているのが河川敷であると言える。多摩川、荒川、江戸川が代表で、他に野川、玉川上水、等々力渓谷も加えられるだろう。

・もうひとつ、ベルト状緑地の代わりとなるのは鉄道線路である。鉄道線路はタヌキには利用しやすい場所である。鉄道線路は人間に邪魔されることがない安全な生活場所になりえる。
しかし高架線路では自由に出入りできないのでダメで、地面を走っている線路でなければならない。これにあてはまるのは京王線(代田橋駅以西)や京王井の頭線(渋谷駅〜神泉駅近辺、下北沢駅近辺のトンネル・高架区間を除く)、都電荒川線、東急世田谷線などなどがある。

・以上の河川敷、鉄道線路の一帯ではタヌキの生息地が帯状に連続している可能性が高い。

・海に近くなるほど生息可能場所は減る。海岸近くは昔から開発が進んでいたし、埋め立て地まで進出するのは難しいだろう。それでも海岸まで進出した例は存在する。

・練馬区西部地域は、衛星写真からも農業用地であることがよくわかる。また、雑木林(元々はおそらく個人の敷地=屋敷林)を公園として積極的に保全しているのも読み取れる。こういう場所はタヌキにも暮らしやすいだろう。ただ、農業被害も発生していると思われる。農業被害を防止することは不可能ではないので、まず専門家に相談してほしい。タヌキが悪役にならないよう祈りたい。

・今回の推定では小学校、中学校、高等学校は生息可能場所にカウントしていない。これらの学校は面積の割に人口密度が高く、タヌキには騒がしい環境ではないかと思われるからである。また、緑地面積も狭く、食事場所にも適当とは言えない。通行場所としては悪くないのだが。
一方、大学は面積の割に人口密度がかなり低く、また、意識して緑地も整備されていることが多く、タヌキ好みとも言える場所である。


2006年10月1日(日)放映、NHK総合「ダーウィンが来た!」《東京タヌキ大捜索!》についての補足

同番組では東京都23区のタヌキの生息地図が紹介されました。この地図と、上掲の文章中にある「生息可能場所の地図」について説明します。

同番組中では地図は2種類登場しました。

地図A…壁に掛けられた白地図に、タヌキの目撃地点をピンでマークしていったもの。

地図B…CGで描かれた生息地図。

地図Aは、NPO法人都市動物研究会によるものです。これまでにNPOに寄せられた情報、佐々木氏が収集した情報が反映されています。ただし、この地図は未完成です。すべての情報がマークされているわけではありません。このホームページを見て寄せられた情報もまだ反映されていません。ピンの数は、最終的には数倍になるものと予想されています。

地図Bは、マークされた地点の数がかなり少なく、地図Aとは異なるものです。これは私の推測ですが、地図Bは同番組(NHK)に寄せられた情報を元に作成されたのではないでしょうか。

そして、上掲文中の「生息可能場所の地図」ですが、これは私が独自に作成したものであり、地図A、地図Bとはまったく異なるものです。地図A、地図Bは目撃情報に基づく確実な生息場所を示していますが、「生息可能場所の地図」は私の推測を含んだ不確実なものです。

タヌキの生息数については、NPOが作成する地図に基づいた新たな推計をいずれは公表するつもりでいます(時期未定)。→書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」に掲載しました。


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