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対象地域:東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県
対象動物:タヌキ、ハクビシン、アライグマ、アナグマ、キツネ、イタチ(野生の哺乳綱食肉目)
※無断転載禁止
執筆:宮本 拓海 (東京タヌキ探検隊!)
2010年1月
・東京都23区内のタヌキ、ハクビシンの生息分布について報告する。
・タヌキの生息グループは、過去に発表した7グループについて再検討を行った。また、新たに「白金グループ」を加え、合計8グループになった。「白金グループ」は白金近辺に生息するグループで、生息数は少なく、周囲から孤立していると考えられる。
・ハクビシンの生息グループは、7つに区分される。その区分はタヌキの生息グループと重なる部分もあるが、異なる場合もある。この差異はタヌキとハクビシンの生態の違いによるものと考えられる。
東京都23区のタヌキの調査研究では、2007年以降メッシュ地図による目撃情報の分布を公開してきた [文献1]。しかしメッシュ地図では目撃分布の連続性があいまいになってしまい、わかりにくい面もあった。そこで筆者らによる2008年の書籍「タヌキたちのびっくり東京生活 都市と野生動物の新しい共存」[文献2]では生息分布の連続性を明確にした生息分布図を掲載した。そこではタヌキの生息分布を7つのグループに分けている。
その後のタヌキの目撃情報の収集によって精度の良い情報が多数追加された。その結果、生息グループの修正・再検討を行うことができるようになった。この報告書ではタヌキの生息グループの再定義を行っている。
ハクビシンについては目撃情報の数が少なかったために、これまでは生息分布の検討すらできなかった。2009年、目撃情報が急増し、200件近い情報が集積できた。これによって今回はじめて生息グループの検討ができるようになった。目撃情報件数がタヌキに比べてまだ少ないため暫定的なものと考えた方が良いが、だいたいの分布傾向は把握できているはずである。
なお、この報告書は同時公開の報告書「東京都23区内のタヌキ、ハクビシン、アライグマの目撃情報の集計と分析(2010年1月版)」でも使用した目撃情報のデータベースに基づいて執筆している。
書籍「タヌキたちのびっくり東京生活 都市と野生動物の新しい共存」では、東京都23区のタヌキの生息グループを次の7つに区分した。
・荒川南岸グループ
・西武線グループ
・京王線グループ
・多摩川グループ
・目白グループ
・御所グループ
・水元グループ
この内、目白グループについては、報告書「東京都23区内のタヌキの目撃分布(2009年1月版)」[文献3]で文京区全体に分布するグループと統合し、「目白文京グループ」と再定義し直している。
これらの生息グループを最新の目撃情報に基づき再検討を行った。その結果の生息分布図を次ページに掲載した(地図中の赤線はJRの路線を表している)。
以下ではそれぞれのグループについて、範囲と境界などの解説を行う。なお、各グループの境界は分断しているのではなく、強い連続性が認められる箇所もある。そのため境界はいずれも便宜上のものである。
荒川南岸グループ
荒川の南岸に沿って広がるグループである。北は荒川河川敷、南は東武東上線を越えた地域へ分布している。
東へは荒川河川敷から岩淵水門で新田へ渡り、荒川河川敷を下り、北千住まで到達している。さらに荒川河川敷を下って荒川河口まで非常に薄く分布している可能性がある。
東南方向へは東武東上線沿いに山手通り・中山道付近まで達している。
西武線グループ
西武池袋線と西武新宿線に沿ったグループである。
荒川南岸グループとの境界ははっきりしない。陸上自衛隊練馬駐屯地から桜台を結ぶ地域では明らかに分布が連続している。この付近での両グループの境界線は石神井川とする。
京王線グループ
京王線と京王井の頭線に沿ったグループである。
西武線グループとの境界は、青梅街道である。
多摩川グループ
多摩川に沿ったグループである。ほぼ環八通りの外側に分布している。南限ははっきりしないが、少なくとも田園調布付近には生息している。
京王線グループとの境界は小田急線〜野川(上流方向)のラインである。
目白文京グループ
山手通り以東の目白崖線と文京区全域、台東区、北区の一部を含む。目白崖線沿い(神田川北岸)には特に生息が多い。
北東方向では石神井川河口で隅田川まで達している。隅田川を越えれば荒川南岸グループであるが、橋が長いこと、橋の数が限られていること、生息密度が低いことから分布は連続していないと推測される。
西武線グループとの境界は山手通りである。山手通りは交通量が多いが、鉄道線路を伝うことで安全に横断できる。
御所グループ
皇居、赤坂御用地、新宿御苑、明治神宮およびその周辺を含むグループである。
京王線グループとの境界は山手通りである。ここでも小田急線の線路を伝うことで山手通りを安全に横断できる。
水元グループ
水元公園を中心にしたグループである。生息数はかなり少ないようだ。
南の境界はJR常磐線としているが、実際にはその南へも非常に薄い生息密度で分布しているようだ。
埼玉県側の分布状況は不明である。
これらのグループは、水元グループを除き本質的には1つの連続した生息域を便宜的に地域分けしたものである。生息分布の図のように、荒川南岸グループ、西武線グループ、目白文京グループははっきりと連続している。そして、京王線グループと多摩川グループは調布市内で確実に合流しているし、京王線グループと御所グループも接続している。
大きく分けると、荒川南岸グループ、西武線グループ、目白文京グループの「北グループ」と京王線グループ、多摩川グループ、御所グループの「南グループ」にまとめることもできる。北グループと南グループの境界はJR中央線および青梅街道である。これらの沿線は戦前から住宅開発が進み、タヌキの生息地を分断していったのではないかと考えられる。しかし、これも武蔵野市・西東京市以西では合流していると推測される。
目撃情報の蓄積により、もうひとつ新たな生息グループが存在することがわかってきた。この新グループは港区白金台を中心に分布しているようだ。白金台には国立科学博物館附属自然教育園があり、この広大な緑地でタヌキが繁殖していることが推測される(ただし自然教育園内での目撃情報はない)。目撃情報が少ないことから生息数はかなり少ないとみられる。
この新グループは他のどのグループからも孤立していると考えられる。最も近いのは御所グループで、白金台から北へ向かえば赤坂に達する。しかし途中に六本木通りがあり、突破するのは難しいかもしれない。もうひとつは、白金台から西へ向かい、中目黒、代官山などを経由して駒場で京王井の頭線に達するルートである。このルート上ではハクビシンがよく目撃されているが、タヌキの例はない。この孤立した小さなグループが今後も継続して存続できるのかどうか、注意深く観察をしていく必要がある。
このグループの名称は「白金グループ」と命名する。「白金」というと近年はセレブなイメージが強いが、この名は室町時代の「白金長者」に由来する歴史のあるものである。
ハクビシンの目撃情報が増えたため、その生息グループの検討ができるようになった。今回使用する2007〜2009年の目撃情報数は184件であり、これは2007年7月時点でのタヌキの目撃情報数とほぼ同じ規模である。
タヌキ同様に目撃情報に基づき生息グループの検討を行った。その結果の生息分布図を次ページに掲載した。以下ではそれぞれのグループについて、範囲と境界などの解説を行う。
荒川南岸グループ
荒川の南岸に広がるグループである。ただしタヌキよりも生息密度はかなり低い。また、タヌキと異なり荒川、新河岸川近くではほとんど目撃がない。
南は東武東上線近辺まで分布している。
西武線グループ
西武池袋線と西武新宿線に沿ったグループである。タヌキとほぼ同じような分布をしている。
京王線グループ
京王線と京王井の頭線に沿ったグループである。 タヌキとほぼ同じような分布をしている。
西武線グループとの境界は、青梅街道である。
東急線グループ
多摩川に沿ったグループである。タヌキが多摩川に近い場所に分布しているのに対し、ハクビシンは主に環八通りの東側に分布する。
この付近は各区が入り組んでおり統一的な地名を選ぶのが難しい。そこで、この地域にいくつもの路線が走る東急電鉄の名を借りて「東急線グループ」と命名した。実際、東急線の線路を利用して移動しているのではないかと思われる例もある。
地図のようにこのグループは2つの領域がある。北の領域は駒沢公園を中心とする一帯で、東は柿の木坂、西は深沢に広がっている。南の領域は、東は東馬込、西は田園調布に広がっており、自由が丘や洗足池なども含まれる。これら南北の領域がつながっているかどうかは不明である。
目白文京グループ
山手通り以東の目白崖線と文京区全域、台東区、北区の一部を含む。
東はJR山手線が境界となる。西武線グループとの境界は山手通りである。
御所グループ
皇居、赤坂御用地、新宿御苑、明治神宮およびその周辺を含むグループである。 皇居、赤坂御用地、新宿御苑、明治神宮の中や近辺での目撃報告は少ないが、自然環境からいって生息しているのは確実である。
タヌキと異なり、神田川とJR中央総武線にはさまれた地域にも分布している。神田川を越えて目白文京グループとつながっている可能性がある。
京王線グループとの境界は山手通りである。
麻布グループ
麻布を中心に分布するグループである。
東は芝公園付近まで分布するが、さらに東の浜離宮庭園にも生息する可能性がある。西は中目黒付近まで分布し、さらに北上して駒場で京王井の頭線につながっていると考えられる。南は北品川(いわゆる御殿山)までのびている。
北は御所グループにつながっている可能性もあるが、六本木通りの北では目撃情報がほとんどない。また、赤坂御用地近辺での目撃情報も少ないこともあり、両グループの連続性ははっきりしない。
タヌキとハクビシンの生息分布は似ている分布と異なる分布がある。
全体としては、西側の武蔵野台地上に多く分布しており、これは両方に共通している。東部地域では目撃情報が非常に少なく、はっきりとした生息分布はタヌキの水元グループ以外は見られない。
個別の生息グループでは、西武線グループ、京王線グループ、目白文京グループはタヌキもハクビシンもほぼ同じように分布している。御所グループも似たような分布をしているが、ハクビシンは緑地から離れたJR中央総武線以北にも大きく広がっている。
荒川、多摩川沿いの地域では生息分布がかなり異なっている。荒川南岸グループでは、タヌキは河川敷を含む広い場所に生息しているのに対し、ハクビシンの生息は少なく、荒川、新河岸川近くではほとんど目撃がない。多摩川の場合も、タヌキは多摩川に近い範囲に主に分布するが、ハクビシンは多摩川から遠い環八通りの東側に分布する。いずれの場合も「タヌキは大河川の近くにいる」「ハクビシンは大河川の近くにはいない」という共通点があることになる。
タヌキが少なく、ハクビシンが多いのが東急線グループと麻布グループである。これらの地域には、タヌキには棲めないが、ハクビシンなら棲める条件があるものと思われる。これらの地域に共通することは、開発が古く、遅くとも20世紀前半までには住宅地などとして発展していたことである。また、広い緑地が少ない。タヌキの分布は「緑地から離れられない」傾向があるように思われる。建物の密集度が高く、緑地の少ない地域からタヌキが撤退していった結果が現在の分布なのかもしれない。これに対してハクビシンは、緑地を好む傾向はやはりあるが、必ずしも緑地を必要としないように見える。
動物が継続して生息できるための条件のひとつは繁殖場所が確保できることである。タヌキやハクビシンのような中型哺乳類は体も大きいので安全な繁殖場所を都会で探すのは難しそうである。東京都23区のタヌキの場合は建物の床下や側溝、大木の洞(うろ)、斜面の横穴などを利用しているようである。最近の建物は床下への入口が頑丈にふさがれていることが多く、タヌキには都合が悪い。東京都23区のハクビシンの繁殖場所は不明であるが、建物の屋根裏・天井裏を利用している例が少なからずあると思われる。もし空き家を利用しているとすれば、そこは非常に安全な繁殖場所でありねぐらにもなるだろう。似たようなものとしては、寺の本堂、神社の本殿がある。いずれも天井が高く、おそらくハクビシンが潜り込める空間が十分あり、あまり人が入らないために気づかれる可能性が低い。ハクビシンの目撃情報からは、目撃場所の近くに空き家、寺、神社がある例が多いように見える(ただし、実際に生息しているかどうかの検証はできていない)。東急線グループと麻布グループにタヌキが少なく、ハクビシンが多い理由は、安全な繁殖場所が確保できるかどうかの違いによるのかもしれない。
ハクビシンがタヌキよりも都心部に生息できるもうひとつの理由として、運動能力の違いを挙げられる。タヌキは基本的にはイヌと同じく「地面を歩く動物」である。ハクビシンも地面を歩くが、電線、屋根、塀などの高所もよく利用している。交通量の多い道路を横断することはタヌキにとっては命がけだが、ハクビシンならば電線をつたって非常に安全に越えることができる。都心部の移動は、ハクビシンの方がタヌキよりもずっと有利なのである(ただし、ハクビシンも道路を歩いて渡ることがあり、自動車事故によると思われる死亡例がある)。
タヌキとハクビシンの生息分布の違いは、このように生態の差異によるものと推測できる。しかし、十分な証拠や観察例がそろっているわけではない。今後もタヌキ、ハクビシンの目撃情報を収集していく必要がある。
※図「タヌキ、ハクビシン分布の比較」について
この図はタヌキ、ハクビシンの目撃分布のメッシュ地図を統合したものである。目撃数にかかわらず、「タヌキのみの目撃」「ハクビシンのみの目撃」「タヌキ、ハクビシン両方の目撃」を塗り分けた。タヌキとハクビシンの分布がほぼ共通していることがわかる。その中でもいくつかの地域ではタヌキのみ、あるいはハクビシンのみが見られる地域がある。Aは荒川、新河岸川近辺の地域で、ハクビシンは目撃されず、タヌキのみである(荒川南岸グループ)。これはCでも同じ傾向が見られる。多摩川に近い地域ではタヌキのみ(多摩川グループ)、多摩川から離れた地域ではハクビシンのみが見られる(東急線グループ)。Bは東側は麻布グループ、西側は東急線グループの北側の領域である。両者はつながっているように見えるが、これはメッシュ間隔の偶然によるもので分布は連続していない。
生息分布の推測は多数の目撃報告があって可能になっている。ハクビシンの生息分布を明らかにできたのも目撃報告数が増えたためである。今後も目撃情報の収集を続けるためにも、より多くの方に参加を呼びかけていきたい。
生息分布が明らかになった結果、タヌキとハクビシンの分布には共通点と差異点があることが判明した。分布の差異はそれぞれの生態の違いを反映していると考えられるが、その正体を明らかにするためにも個別の生息例をより詳しく調査研究する必要があるだろう。
タヌキとハクビシンの生息分布はまたさらに目撃情報を積み重ねた後、数年以内に次の報告ができるのではないかと思われる。ハクビシンは目撃情報が順調に増えているため、今回よりも詳しい報告ができるかもしれない。
[文献1] 「東京都23区内のタヌキの生息分布(2007年7月版)」
http://tokyotanuki.jp/tanuki0707.htm
NPO法人都市動物研究会、宮本 拓海(執筆担当)、佐々木 洋、木村 雅美
2007年
[文献2] 「タヌキたちのびっくり東京生活 都市と野生動物の新しい共存」
著:宮本拓海、しおやてるこ、NPO法人都市動物研究会
技術評論社、2008年
[文献3] 「東京都23区内のタヌキの目撃分布(2009年1月版)」
http://tokyotanuki.jp/tanuki0901.htm
宮本 拓海
2009年
東京タヌキ探検隊!のホームページ
http://tokyotanuki.jp/
本稿に掲載した地図は国土地理院発行の以下の数値地図を複製・使用した。
「数値地図5mメッシュ(標高) 東京都区部」
「数値地図50mメッシュ(標高) 日本II」
数値地図からは「数値地図ビューア」を使用して基本図版を作成、さらにAdobe Photoshop CS3、Adobe Illustrator CS3で加工して完成図版を作成した。
「数値地図ビューア」は、片柳由明(品川地蔵)氏によるMacintosh用アプリケーション(シェアウェア)である。