東京タヌキ探検隊タイトル

東京タヌキタイムズ

116号(2018年8月) シチズンサイエンス編

東京タヌキ探検隊!そして東京コウモリ探検隊!は「シチズンサイエンス」の実践例です。ここではシチズンサイエンスを自身で運営している立場として解説していくことにします。

さて、シチズンサイエンスを論ずるなら、いろいろな論文や記事を読んで、比較検討して…となるところですが…。
その論文などを読んでいて思ったのは、「なんだかつまらないな…」ということでした。論文の筆者自身がシチズンサイエンスの当事者でなかったり、観念的なことを述べていたりで読んでも面白くないのです。
これは当事者自身が語った方がずっと面白いし、ためになるはずです。

また、シチズンサイエンスにはいろいろなプロジェクトがありますが、それらをいちいち調べて評価するような時間は私にはありません。これは他の人に任せたいと思います。
ここでは東京タヌキ探検隊!と東京コウモリ探検隊!を中心に進めていきます。

※ここでは「シチズンサイエンス」とはインターネット上でほぼ完結するシステムのものだけを取り上げます。「アナログな」シチズンサイエンスは昔から存在していましたので。

シチズンサイエンスとは

シチズンサイエンスとは「何らかの形でアマチュア(専門家ではない一般人)が参加している科学研究・調査」と定義できます。
アマチュアの参加数が多ければ多いほど「シチズン」らしいと言えますが、アマチュアがたったひとりで黙々と研究にはげむのも立派なシチズンサイエンスです。(なのでプロの参加は必須ではないと言えます。)
ですが、まあ、ここでは「多数の参加者で成り立つプロジェクト」のこととしてシチズンサイエンスについて述べていきます。

シチズンサイエンスのプロジェクトは「主催者」と「参加者」で構成されます。
調査研究の方法を考え、結果をまとめる「主催者」はプロが担う例が多いです。
アマチュアは「参加者」の立場であることがほとんどでしょう。アマチュアは少ない負担で気軽に参加できるようにプロジェクトが設計されていることが多いです。

アマチュアがシチズンサイエンスの「主催者」になる例はかなり少ないはずです。東京タヌキ探検隊!と東京コウモリ探検隊!はアマチュアである私が主催者(肩書は「隊長」)となっていますが、これはかなり珍しい事例ではないかと思います。

「科学」=「専門家だけのもの」、という認識は世間的にはかなり強いのですが、一部の分野、例えば動物学、植物学、天文学などでは昔からアマチュアが活躍してきました。
これらの分野では高級・高額な天体望遠鏡やカメラなどを使う人もいますが、そのような特別な道具なしでも研究・調査ができる場合も少なくありません。ですのでアマチュアでもサイエンスに参画することは不可能ではないのです。
また、動物学、植物学は対象となる生物種の数が膨大なものになるため、そして、生息地域が広大であることも普通であるため、プロ研究者だけががんばっても手が届く範囲はとても狭いものです。アマチュアが参加しても未知の領域は全然狭くなりませんが、それはつまりアマチュアも活躍できる余地が多くあるということです。

プロとアマチュア

ここで言うプロ、アマチュアとは科学研究・調査を職業としているかどうか(それが主要な収入源か)で区別されます。 ですのでプロとは大学や研究機関等に所属している研究者、と言っていいでしょう。

NPOに所属している人はどうでしょうか? もし給料をもらっている研究・調査専従者ならアマチュアではなくプロです。

ちなみに私はプロではありません。過去にプロだったこともありませんので「完全なアマチュア」と言えるでしょう。
大学では経済学部でしたので動物学どころか理系の専門教育も受けていません。教養課程ではもちろん理系分野の講義もとりましたが、主に情報処理(コンピューター)関係を熱心にやっていて、他は何をとっていたのか記憶にありません。そもそもその当時は動物学にはまったく興味はありませんでした。
理系の世界を知らないものですから、論文の書き方も知りませんし、学会ともまったく縁がありませんし、博士号だのといった肩書きもありません。(こういったこともあるせいか、プロ研究者からはほとんど相手にされません。)
こういう経歴ですから私を専門家と呼ぶのはおかしなことかもしれません。
ですが、科学は専門家だけのものではありません。資格などは必要ありません。アマチュアが科学に主体的にかかわっても良いのです。

117号(2018年9月)

シチズンサイエンスの歴史を少し

シチズンサイエンスという言葉が登場したのは20世紀後半ですが、広く使われるようになったのは21世紀に入ってからです。そのきっかけのひとつは「オープンサイエンス革命」(マイケル・ニールセン著、2012年(原著)、2013年(日本語版))でした。この本の中でオープンサイエンスの例としてシチズンサイエンス(日本語版では「市民科学」と翻訳)が取り上げられています。本当につい最近のことです。

この時代にシチズンサイエンスが発展したのはパーソナルコンピュータとインターネットが普及したことが大きな要因であることは間違いありません。
もちろん、市民による科学研究・調査はそれ以前からも行われていました。日本では日本野鳥の会の活動が代表例と言えるでしょう。また、数多くの彗星や小惑星、超新星・新星などを発見してきたアマチュア天文家も好例です。

ただしここでは狭義のシチズンサイエンス=パーソナルコンピュータ/インターネットが普及して以降のものを取り上げることにします。(パーソナルコンピュータ/インターネットを前提としたシステムのもの、と言ってもいいでしょう。)
パーソナルコンピュータ/インターネット以前・以後では活動の効率がまったく異なっており、「以後」では量・質ともかなり拡大できるようになりました。以前・以後で区別するのは妥当なことです。

東京タヌキ探検隊!の活動をパーソナルコンピュータ/インターネット無しで行うことを想像してみてください。昔ならとてつもない労力が必要だったでしょう。
例えばパーソナルコンピュータ/インターネット以後では次のようなことが可能になりました。

・ホームページを使った告知。
広報会社、メディア等を使わず、自力でのワールドワイドな広報展開が可能になりました。効率的かどうかは別問題ですが…。
(ホームページの登場は「個人がメディアになる」ことを意味していましたが、1990年代にそのことに気づいていた人はどれだけいたでしょうか。)

・メールによる簡易な連絡。
さらに昔は携帯電話すらなかったですしね!
同時に、メールは情報収集の手段としても簡便・確実な道具です。文字情報を残すことができるのもとても重要なことです。

・デジタルカメラ、スマートフォンの普及。
映像証拠が残しやすくなりました。画質も十分です。映像は証拠としての価値が高いです。
スマートフォンは必ず持ち歩くものですから、偶然タヌキに出くわしても撮影できる可能性がかなり高くなりました。

・データベース・アプリケーションによる多数の情報の管理とデータ処理。
昔なら紙のカードに情報を書き込んで箱に入れて整理していたことでしょう。合理的なその方法でも数千件レベルになると統計をとることにも膨大な労力がかかります。データベースを使えば瞬時に答えが出てきます。

・表計算アプリケーション、グラフィックアプリケーションなどと組み合わせることによるビジュアル表現の簡易化
このおかげできれいでわかりやすい報告書が作れるようになりました。昔はグラフも表も手書きでしたからね…。

・ネット地図を利用することによるデータ管理
ネット地図とはGoogle Map、Google Earthに代表されるサービスです。ネット地図の登場は非常にインパクトが大きく、東京タヌキ探検隊!にとっても東京コウモリ探検隊!にとっても必須のものとなっています。
単なる地図情報だけではなく、航空写真、ストリートビューもあることでさらに強力なものになっています。コウモリ探索に行く前に現地の様子を知ることができます。タヌキの目撃情報があればその現場の風景を見ることができます。
東京タヌキ探検隊!も東京コウモリ探検隊!も目撃情報はデータベース・アプリケーションで管理していますが、同時に位置情報(緯度経度)にも変換してGoogle Earthで表示させています。
位置情報は数値で表せますので、分布地図も半自動で作成しています。昔は地図にプロットするだけでも大変な作業でしたが、今では簡単に、ずっときれいに図を完成することができます。
(ネット地図についてはまた別のところで取り上げたいところです。)

もうひとつ、
「ワープロ・アプリケーションと家庭用プリンタの普及によるきれいな文書の印刷」
ということもありますが、今では印刷すること自体が衰退してしまいました…。時代の変化は速いものです。

こういった「革命的」とも言える恩恵のおかげでアマチュア(というより人類)の活動範囲は大幅に広げることができるようになりました。20世紀に同じことを実行しようとしてもかなり難しかったでしょう。
パーソナルコンピュータ/インターネットの恩恵がいかに大きなものであるか、私たちは再認識すべきです。

東京タヌキ探検隊!のもともとの試みは1999年に始まっています(当時のホームページはそのまま残っています)。まさに時代の転換点だった時期です。そして、シチズンサイエンスとしても世界的に最初期の試みのひとつなのです。

当然のことながら、当時は現在で言うところの「シチズンサイエンス」という言葉も概念も存在しませんでした。
私の発想も「ネットを使った世論調査・アンケート」の延長でしかありませんでした。それは当時既に存在していたもので、私に新規性はなかったと言えます。ですが今から振り返ってみると、これはシチズンサイエンスの最先端だったとわかるのです。

東京タヌキ探検隊!は「参加型サイエンス」であると私自身で紹介することがありますが、この言葉を使うようになったのはニコニコ学会βを知ったころですから、2013年ごろのことです。「参加型サイエンス」とはシチズンサイエンスの別表現です。
ニコニコ学会βでは「ユーザー参加型研究」という言葉を使っていて、そこから「参加型サイエンス」という表現を思いついたのです。

東京タヌキ探検隊!以外のシチズンサイエンスの動きはどのようなものだったのでしょうか。文献などでよく紹介されるシチズンサイエンスの開始年を調べてみました。

1999年「東京タヌキ探検隊!」
1999年「SETI@home」(カリフォルニア大学バークレー校)※「分散コンピューティング=参加者のパソコンに計算してもらう」というものであるためシチズンサイエンスと呼ぶにふさわしいかは議論がある。
2002年「eBird」(コーネル大学鳥類学研究所)
2007年「Galaxy Zoo」
2008年「いきものみっけ」(環境省生物多様性センター)
2013年「花まるマルハナバチ国勢調査」(東北大学、山形大学)
2013年「東京コウモリ探検隊!」
2015年「ナメクジ捜査網」(京都大学・宇高寛子)

この他にも早期からさまざまなプロジェクトが存在していたはずですが、東京タヌキ探検隊!は本当に最も早い時期のものだったことがわかります。そして、それが現在も継続しているというのも貴重な実例かもしれません。

ですが東京タヌキ探検隊!は注目度が非常に低いんですよね…。その理由のひとつは、成果が出るようになったのが2008年頃からだったということがあります。
なぜそれまでは成果が出なかったのかというと、日本ではパソコン/インターネットがまだ十分に普及していなかったからなのです。2007年前後にようやく広く普及している状態になり、「ネットで検索」という行動様式も広がり、「ネットで目撃情報を募る」というシステムもうまく稼働するようになったのです。
注目されにくいもうひとつの理由は、大学や役所といった「権威」と関係ないからです。マスコミをはじめ多くの人はそういった「権威」が付いていた方がありがたがるのではないかと私はひねくれてます。
まあ、それでも年に1度ぐらいはどこかのメディアで紹介されてはいます。

最近になって日本でもシチズンサイエンスの取り組みは増えてきたようですが、残念なことにまだまだ積極的とは言えないのが現状です。主催者側にもどういったことを参加者に任せればよいのか、どうやって参加者を募ればよいか、などなど戸惑うことが多いせいもあるでしょう。

アマチュアが主催者になるのはプロよりもずっと難しいことです。計画の立案や運営の方法など、ハードルが高いのは事実です。ですがそれは決して不可能ではないという実例を東京タヌキ探検隊!は示していかなければならないと考えています。

今はさまざまなジャンルと方法でシチズンサイエンスを試行錯誤する時代なのでしょう。これからの10年20年でシチズンサイエンスが当たり前の存在になっていくことを目指していきたいです。

118号(2018年10月)

シチズンサイエンスの問題点

シチズンサイエンスにも欠点や問題点があります。これは避けて通れない事です。 以下では私自身も悩んでいる/悩んできた点を挙げていきます。

・データの信頼性

東京タヌキ探検隊!はタヌキやハクビシンの目撃情報を集めています。ですが、メールで寄せられる目撃情報には嘘が混じっていないでしょうか?
こればかりは情報提供者を信じるしかありません。ただし、無条件で信じているわけではありません。

東京タヌキ探検隊!では目撃情報には「目撃年月日」「目撃場所」「目撃頭数」「目撃時の状況」も書いていただくようお願いしています。これら全部が必要ではありませんが、全体として矛盾なく、おおよそ正確であると判断した情報のみを記録するようにしています。
不明点や疑問点がある場合は必ずメール返信でたずねることにしています。それに対して答えがなかった場合は記録されないことがあります。
目撃場所があいまいすぎる場合はまず記録されません。
年月日は、古くなるほど記憶があいまいになっていきますのでそれほど厳密でなくても採用しています。ただ、古い目撃の場合でも「年」だけははっきりさせるようにしています。

意図しない誤情報というものもあります。
目撃者本人は「タヌキを見た」と報告しても、話をよくよく聞くとハクビシンだった、という例はあります。「ハクビシンを撮影した」という方からの写真を見るとアナグマだったということもありました(実は大発見!)。
数日前のことでも日付が間違っていることがあります。目撃場所がちょっと(通り1本分だけ)間違っているということもあります。
メールでやり取りするうちに誤情報だとわかることもありますので、気になる点があれば必ずたずねるようにしています。

目撃情報を吟味せずにそのまま記録することはありません。これはデータの精度を確保するためにも必要なことだと考えています。 ただ、情報数が多くなるとすべてを検討している時間は確保できなくなります。そうなると運営側の人員も増やさなければならなくなるでしょう。

・種類の判別

動物の種類の判別(専門的には「種の同定」と言う)は重要なことですのでもう少し説明しましょう。

東京タヌキ探検隊!はタヌキの他にハクビシン、アライグマ、アナグマ、キツネなども調査の対象にしています。この内、キツネはわかりやすいのですが、タヌキ、ハクビシン、アライグマ、アナグマは紛らわしく判別しにくい動物です。
慣れた人ならば特に苦労しないことですが、多くの人にとっては難しいことであるのはこれまでの例からもよくわかります。タヌキなどをじっくり観察する機会なんて人生ではほとんどなかったでしょうし、ハクビシンという動物なんて知らなかった、という人も珍しくありません(最近は少し減ってきたようですが)。

動物の種類の判別は、東京タヌキ探検隊!の調査にとっては最も重要なことのひとつです。これが間違っていると調査結果も大きく間違ってしまいますから。
初期の頃は、あやしいと思われた場合、メールで何度もやりとりしながら外見の特徴を聞き取っていました。ですがこの方法は非常に労力がかかってしまうのが問題でした。
そこで、それぞれの動物の特徴をイラストと文章でまとめた「比較ページ」を作り、情報提供者の皆さんには必ずそれを見てもらうようにしました。これが2008年のことです。 このおかげで種類の判別にかかる労力は大幅に減り、楽になりました。それでも判別が難しい例は必ず出てきますが…。

最近はデジカメ、スマートフォンによる撮影も増えてきたので判別はさらに楽なものになりつつあります。 暗い場所で撮影してはっきり写っていない場合でも、Photoshopで明るさなどを調整すると判別できるようになる場合もあります。無理かな、と思ってもまず撮影してみることをお勧めします。

動物・植物のジャンルでは近似種の判別の問題は必ずつきまとうものです。ビジュアルと文章による比較説明は有効な解決策ですのでぜひ準備しておくべきものでしょう。

・地域の偏り

東京タヌキ探検隊!はその名前に反して全国を調査対象地域にしています。ただ、当初は東京都23区と近隣だけを対象にしていたこともあり、目撃情報のほとんどは23区に集中しています。報告書も23区だけを対象にしていますので、「23区だけ」という印象をさらに強めています。
これは反省点であり、もっと全国の目撃情報を集めたいのですが、メインのフィールドが東京都23区であることには変わりなく、「東京」という名称を外すことには躊躇してしまいます。
「東京」に「タヌキ」という名前のインパクト(意外性)は大きいものですが、これが裏目に出ていることも否定できません。 どうしたものか、悩ましいのですが、当面はこのままにしておきます。

この問題がなかったとしても、目撃情報が都市部に偏ってしまうのは避けられません。 山奥にはそもそも人がいないので、誰もタヌキを目撃することがなく、その結果、目撃情報も得られないのです。
どんな生物を調査するにしても、人口が多い地域に目撃情報が集中してしまうことになるのは必然で、全国均一に情報を集めるのは不可能です。このことは前提として考えねばなりません。

東京タヌキ探検隊!は全国を対象にしていますが、関心があるのは都市部、特に東京都23区なので地域の偏りは相対的に問題にはなっていません。
東京都23区に限定すると、山林が無いために人口は(相対的にですが)だいたい均一に分布しています。厳密には人口密度の高低は目撃情報の数にも明らかに影響していますが、東京都23区内では深刻というほどのことではありません。
もう少し説明しますと…港湾部では人口が極端に少ないのですが、そのような場所にはタヌキなどはまずいませんので問題になりません。 皇居も人口が少ない領域ですが、天皇陛下(平成天皇)をはじめさまざまな研究者もいるためだいたいの生息状況はわかっています。 明治神宮・代々木公園では、周辺地域でハクビシンの目撃があることから、この領域内にも生息しているのは確実だとわかります。また、渋谷ではアナグマの目撃事例がありましたが、そこから最も近い緑地は明治神宮・代々木公園であり、ここに生息しているのは間違いないと推測できます。
目撃情報が少ないとしても周辺の目撃情報から生息が推測できることがあるのです。

119号(2018年11月)

シチズンサイエンスの問題点(続き)

・参加者の偏り

特定の少数の参加者が大量のデータを持ち込むことがあるかもしれません。その結果、データが特定の日時や場所に極端に偏ってしまうことになります。
参加者が増えればこの影響は軽減されます。

東京タヌキ探検隊!の場合、「同じ人が」「ほぼ同じ場所で」何度も目撃している場合、半年間はすべて同じ目撃情報1件として扱っています。例えば子育ての時期には毎日のように目撃する例もありえますが、半年以内の目撃ならばまとめて1件となります。
半年以上も目撃されているならばそこに定住していることは確実で、これは重要な情報です。そのため新たな目撃情報として記録されます。

東京タヌキ探検隊!には熱心なウォッチャーがおり、その中の1人の方はこれまで43件(大半がハクビシン。2018年10月まで。)の目撃情報を報告されています。これはかなりの偏りと言えますが、特定地域の分布が詳しくわかるという利点もあります(目撃場所は1km以上の範囲に散らばっているためそれほど集中しているというわけでもありません)。

東京コウモリ探検隊!の場合は、1日違うだけでもアブラコウモリの活動は変化しますので、タヌキの場合のように目撃情報をひとまとめにすることはしません。ただ、同じ人、同じ日、同じ場所(、違う時刻)の場合は目撃情報をひとつにまとめています。

・運営の問題

どれだけの人員、機材を投入すればいいのか?というのも悩ましい問題です。真面目に考えるほど難しくなる問題でもあります。

これに対する私の回答は、「1人でできることから始める」です。規模が大きくなってきたら人を増やすなり、外注するなりを考えればいいのです。
ホームページのデザインなど苦手分野があるなら外注しましょう。
まずは実行することです。悩むのは後です。

ちなみに東京タヌキ探検隊!と東京コウモリ探検隊!はいまだに私1人だけで運営しています。会社員をやりながらですのでさすがに時間が足りない状況ではありますが、協力者を募るとしても誰でもいいというわけではないのが難しいところです。また、給料を払うことができないのも問題です。私もタヌキやコウモリの調査研究に関してはほぼ無収入です。

・参加者がどれだけ集まるか

「不特定多数からの情報を集める」という手法は、とても画期的なアイディアのようですが、すぐに結果を出すのが難しいのも事実です。数ヶ月で大量の情報提供が得られるようなものではありません。

東京タヌキ探検隊!も東京コウモリ探検隊!もこれにはかなり苦戦しています。東京タヌキ探検隊!は1999年開始ですが、コンスタントに目撃情報が集まるようになったのは2008年ごろからです。これは当時、インターネットが普及していなかったためなかなか情報が来なかったのです。
東京コウモリ探検隊!はさらにその後に始めたのですが、コウモリへの関心が非常に少ないため参加者は全然増えません。

参加者がどれほどになるかは事前には予測は難しいですし、軌道に乗るまで何年かかるかもわかりません。卒業までの短い期間しかない学生向けのプロジェクトではないのです。

大学や企業でも、いつ結果が出るかわからないこのような研究は歓迎されないでしょう。数年でつぶされてしまうのは確実です。
私の場合は、好き勝手にできるアマチュアだからこそ可能だったと言えます(リスクも本人が抱えることになるが、コストは低いのでたいしたことはない)。このことはアマチュアにも活躍の余地があることを示しています。一方で大学などではこのような研究ができる余裕すらなくなっているということかもしれません。

もしあなたが有名人なら、あるいは有名人を巻き込めるならば、参加者を集めるのは楽になるかもしれません。逆に、学生のような無名の人では苦戦は確実です。それでも東京タヌキ探検隊!では無名のアマチュアがここまで成果を出しているのですから希望がないわけではありません。

・どんなテーマにも適応できるわけではない

シチズンサイエンスと相性が良いジャンルは生物学です。広く情報を集めるような調査研究には適していると言えます。
その他、天文学や気象学なども同じように相性が良いものです(もちろん、何を調査するかにもよりますが)。

逆に相性が悪いジャンルというと…
ロケット開発のように特殊な技能、特別な装置、大量の資金が必要なプロジェクトの場合、一般人が参加できる余地はほとんどありません。せいぜいお金を出資するぐらいでしょうか。出資は大事ですが、それは「シチズンサイエンス=サイエンスプロジェクトへの参加」とはちょっと違うことのように思えます。
スーパーコンピュータの開発とか、欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)での研究とか、iPS細胞関連の研究とか、大規模なサイエンスとは相性が悪そうです。どう考えても一般人は入り込めません。

120号(2018年12月)

シチズンサイエンスの利点

シチズンサイエンスの問題点を挙げたならば利点についても書いておくべきでしょう。

まず、主催者側(主に専門家)の利点です。

・大規模な調査が可能になる
これまで不可能だと思われていた調査が可能になるかもしれません。そこから新しい知見が得られる可能性があります。

・自らの研究内容を広く知らせることができる
つまり広報宣伝も兼ねているということです。

・比較的低コストで運営できる
アマチュアである私でも運営できているのですから、コストは安いものです。極端に言えば、パソコンとインターネットがあれば実行可能です。もちろん、大がかりなものになればコストも増えていきますが、ロケットを打ち上げるよりもはるかに低コストなのは間違いありません(H-IIAロケットの打ち上げ費用は約100億円程度)。

次に参加者側(主に非専門家の一般市民)の利点です。

・本格的なサイエンスプロジェクトに参加できる
・サイエンスに貢献できる
いずれも心理的な満足感ですが、それでも納得してくださる方は少なくないと期待したいです。主催者の立場から言うと、貢献の多少にかかわらずすべての参加者はありがたい存在です。本当に感謝の言葉しかありません。

参加者に対しては金銭的報酬があればなお良いのですが、実際にはまずありません。
労働力の一方的な提供、つまり無報酬があまり良くないということはわかっています。といっても現実的には金銭報酬は難しいものです。参加者が数千、数万の単位になったらどれだけの金額になることか! 東京タヌキ探検隊!、東京コウモリ探検隊!は貧乏なアマチュア個人の主催であるため金銭報酬は不可能です。
その代わりに非金銭的な報酬は考えるべきかもしれません。例えば表彰とか名前を論文に掲載するといったことです。東京コウモリ探検隊!では毎年の報告書に参加者のお名前を記載するようにしています。
皆様はどういう見返りを期待しているか、おたずねしてみたいものです。

必ずやるべきこと

シチズンサイエンスを運営するにあたって必ずやるべきことがあります。 それは活動内容や調査結果の報告です。 善意で情報をもらっているのだから、その結果はきちんと報告してお返ししなければなりません。

また、報告は定期的に続けていくべきです。成果を定期的に公表することによって、ちゃんと活動をしているという証明にもなるからです。
ホームページなどは更新しないと、もう活動を停止している、と思われてしまいます。そう思われないよう、年に1回でもきちんと報告をすべきなのです。

もうひとつやるべきことは、調査期間はエンドレスにするということです。期間限定の1回限りのプロジェクトにせず、常に情報を受け付けるようにすべきです。
なぜかというと、いちど終了したプロジェクトを再起動するのは大変だからです。低コストでいいので常時稼働させるようにした方がいいのです。
ネット上では年中無休で情報が掲示されます。それに興味を持った人が情報を提供しようとしても「調査はもう終わりました」ではせっかくの情報が死蔵されてしまうことになります。

アブラコウモリは冬眠しますので1年の半分は観察できないことになります。正確には、真冬でも冬眠から中途覚醒して活動をするのですが、その頻度は非常に少なく観察はほぼ不可能です。ですので冬は活動停止となってしまいます。それでも真冬にコウモリに関心を持つ人はいるでしょうし、冬眠中のコウモリを発見することがあるかもしれません(実際に過去1件ありました)。そのため東京コウモリ探検隊!では年中無休でメールを受け付けています。

長期間調査すると、生息数の増減や生息分布の変化といった時間変化が見えてきます。そこから新発見が得られるかもしれません。こういうことも見越して長期間取り組んでほしいのです。東京タヌキ探検隊!は最初からそれを視野に入れていました。

似て非なる「東京タヌキ探検隊!」と「東京コウモリ探検隊!」

シチズンサイエンスの代表的な手法は「多くの人から情報を集める」というシステムです。ただ、このシステムは確固とした唯一無二の構造物ではありません。調査のテーマによって内容も運営方法も異なるさまざまな構造がありえます。

その例として「東京タヌキ探検隊!」と「東京コウモリ探検隊!」を比べてみましょう。
どちらも「都会の野生動物の目撃情報を集める」という点ではよく似ています。ですが「タヌキ」と「コウモリ」は運営の内容がまったく異なります。

「東京タヌキ探検隊!」は目撃情報のほとんどが私以外の方からのものです。私はひたすら目撃情報のメールを待つばかりです。
どんなに情報や知識があっても、タヌキやハクビシンを探し出すことは非常に難しいのです。私でもタヌキなどを探し出すことはできません。目撃情報もほぼすべてが「偶然の遭遇」です。

これに対して「東京コウモリ探検隊!」は目撃情報のほとんどが私自身によるものです。
アブラコウモリは出現する場所と時刻をある程度予測できます。事前に探索ルートをうまく設定すれば調査が空振りになる可能性はほぼありません。ですので私自身でアブラコウモリを探しに行くようにしています。タヌキの場合とは真逆です。
私以外の目撃情報が非常に少ないのは、「コウモリの人気がないから」ということに尽きます。本当にコウモリは人気がありませんよねえ…。「不気味だ」とか「血を吸う」とかいった誤解が広く浸透しているのが障害になっているようです。
東京コウモリ探検隊!は2013年に開始したばかりです。これからも活動を続ければコウモリの地位も向上して参加者が増えてくるかもしれません。東京タヌキ探検隊!も順調に稼働するまでかなり時間がかかりましたしね。

このように、同じシステムで運営しているように見えても「タヌキ」と「コウモリ」では中身がまったく違ったものになっています。
その違いの原因は、タヌキとコウモリの比較で言えば「人気の差」ということになるでしょう。コウモリに比べるとタヌキたちの方がずっと関心を持たれているのです。
ただし「人気」だけがすべての原因とも決めつけられません。他の動植物の場合では別の理由で参加者が増えることがあるかもしれません。意外な動物が注目を集めることがあるかもしれません。
これもやってみなければどうなるかはわからないでしょう。

121号(2019年1月)

宮本隊長はなぜプロにならないのか?

ここからはシチズンサイエンスとは離れた話になってしまいますが、こういう事情も知っていただきたく思います。

ここまでにも強調してきたように、宮本隊長はアマチュアです。なぜ、プロにならないのか、疑問に思う人もいるでしょう。この機会にその事情を説明します。

・なぜ大学などの研究者にならないのか?

私は理系の専門教育を受けていません。大学は経済学部でした。大学院には行っていません。この学歴で理系の研究者になることはありえないのが日本の現実です。文系だとこのあたりは少し緩いようですが。
もし私に声をかけてくるような大学があれば、その経営状態を疑った方がいいでしょう。

それはさておき、今の日本で大学教員職という職業が魅力的には私には見えません。
十分な研究費も出ないとか、役に立たない研究は評価されないとか、あまりいい話は聞こえてきませんよね。タヌキ研究なんかは「役に立たない研究」のトップ100には必ず入りそうです。
それに入試のあれこれや学生の就職先の世話とか、とても私にはできません。なんだか会議だの雑用だのが多いようですし。大学の中にいると気が付きにくいのでしょうが、外から見ると奇妙な風習に見えることがいろいろとあります。

・では、大学・大学院に行って勉強すればいいのでは?

そんなのはありえません。私にはそんなお金も時間もありません。
社会人が大学院に行く例はありますが、どんだけブルジョアなんだ?と私は不思議に思っています。大学・大学院に通うには学費が必要なだけでなく、仕事を辞めなければならないとすれば食費などの生活費も必要になります。今の私が大学・大学院に行けば飢え死にしてしまうのは確実です。(「ブルジョア」と書きましたが、苦労して通学されている方々は立派だと思います。)

今さら大学・大学院で何を学ぶのか?という疑問もあります。大学・大学院に行かなくても自らの方向性は定まっていますし、今では論文へのアクセスもかなり容易になり自学自習できる環境が整いつつあります。私のように特殊な・大がかりな実験設備を必要としない研究者にとっては大学・大学院という場所は通学する意味は薄れつつあるのではないかと感じます。

それに大学・大学院に行っても職や収入が保証されるわけではありません。動物学のような「役に立たない学問」は今、非常に予算等が削られ、教員・研究員を増やせる状況ではありません。また「ポスドク問題」で知られるように若い研究者でさえ職を得ることが難しくなってしまっています。私がその競争に加わっても若者がさらに苦しくなるだけです。ですから私は大学などに頼らず私自身の方法で活動を維持しなければならないのです。

・お金が必要ならクラウドファウンディングを活用すればいいのでは?

それは悪くなさそうな案ですが問題があります。
一般的にクラウドファウンディングは1回限りのプロジェクトしか想定していません。東京タヌキ探検隊!は1回限りの期間限定プロジェクトではなく、何年も続くプロジェクトです。既に20年近く継続しています。クラウドファウンディングはこのような長期のプロジェクトの例はほとんどないようです。

もうひとつの問題はお金の使い道です。
東京タヌキ探検隊!・東京コウモリ探検隊!の場合、出費のほとんどは宮本隊長の生活費に使われることになります。センサーカメラのだの機材やパソコン関係の購入費・維持費も必要ですが、生活費に比べれば少ないものです。つまり必要とされているのは「給料」のようなものなのです。
しかし出資者はそれに納得するでしょうか? 「遊びに使うのはダメ」「おやつを買うのはダメ」「映画を見るのはダメ」「観光旅行はダメ」「温泉旅行はダメ」とかいう苦言が出るのは必至です。
収入の問題はなかなか難しいものです。

・本を出版して印税でもうければいいのでは?

「印税生活」という言葉があるように「本の印税で食っていけるのでは?」と思っている人は少なくないと思われますが、現実的にはそれは不可能なことです。21世紀ではありえないことです。

そもそも、出版社に「オレの本を出してくれ」と持ちかけても断られることは確実です。ちなみに私でも断られます。理由は「売れないから」です。タヌキの本がベストセラーになったためしはありませんし、動物関係というものはたくさん売れるものではありません。また私の場合、「東京都23区」という地域に限定されてしまうため、全国的に売れるはずがないと判断されてしまいます。それが今の出版社の思考方法なのです。

まあ、それでも運良く出版できたとして印税を計算してみましょう。
印税とは「著作権使用料」のことで、書籍を出版する時に出版社から著者に支払われるお金のことです。
印税は1冊あたりのパーセンテージで計算します。なので、売れればそれに比例して印税の合計額も増えていきます。以前は販売価格の10%が相場でしたが、今は8%ぐらいかなあ…。
では、どれほど売れるのかと言うと…残念ながら書籍のほぼすべては1万部も売れません。ベストセラーのリストでは何十万部も売れている本が並びますが、それは全出版物から見るとほんの一部でしかありません。現実的には5000部売るのも大変なことです。理系の専門書は特にそうです。
21世紀に入る頃から書籍の販売部数はかなり減っています。それでも本屋の店頭に本があふれているのはタイトル数ばかりが増えているからです。全体でたくさん売れているわけではありません。

さて、ここから計算です。
2000円の書籍を発売するとします。印税が8%。これが5000部売れたとしましょう。

2000円×印税0.08×5000部=800,000円

80万円となります。
まあ、まずまずの収入のように見えます。が、執筆にはそれなりの労力がかかっていることを忘れないでください。その労力によっては80万円では見合わないということもあるはずです。執筆開始から出版までに1年もかかっているようでは大赤字です。
そしてもうひとつ重要なことは、さらに本が売れなければこれ以上の収入は無い、ということです。先程も言いましたがほぼすべての書籍は1万部も売れません。永遠に。つまりこの80万円は事実上1回限りの収入なのです。
これで食っていけるのでしょうか? 不可能です!
年収何百万円のレベルに持っていくには少なくとも年間に合計数万部以上の売上を維持しなければなりません。それを毎年のように続けるというのははっきり言って無理です。タヌキというジャンルでは不可能です。
世の中には小説家という人がたくさんいるらしいのですが、そういった人たちも事情は同じです。小説家の大多数は印税だけでは食っていけないはずです。ですからコンビニ店員をやっていたとしても私は驚きません。彼ら・彼女らはいったいどうやって暮らしているのか、いつも心配している私です。

Kindleのような自己出版や新聞広告などでよく見る自費出版でも事情はあまり変わりません。
Kindleでは自分の取り分が多くなりますが、販売部数が格段に大きくなるわけではありません。収入が通常の出版の何倍にもなることはまずありません。
自費出版は出版のための各種コストを著者側が負担する仕組みですので黒字化はほぼ不可能と言っていいでしょう。

とにかく、印税生活は不可能です。本を書いてもうけようなどとは思わないことです。

・東京タヌキ探検隊!はなぜ学問の世界では認められていないのか?

私の知る限りでは学者の方が東京タヌキ探検隊!を引用したり評価(プラスもマイナスも)した例はほとんどありません。
(書籍「タヌキたちのびっくり東京生活」やホームページ掲載の報告書が取り上げられた例はいくつか確認できています。)
理由は簡単で、私が論文や本を書かないからです。論文・本を書かないと相手にされないのが学問の世界なのです。

・それなら論文を書けばいいのでは?

意外に思われるかもしれませんが、私は論文の書き方を知りません。前にも書いたように私は経済学部卒であり、理系の論文の書き方はまったく知らないのです。
また、論文はただ書けばいい、というものではありません。「査読」という専門家による評価を受けなければ価値を認められません。しかし、私には査読してくれる知り合いはいません。
知らない人には奇妙に思えるかもしれませんが、「査読された論文」で評価されるのが学問の世界なのです。私はそれから完全に外れた「アウトサイダー」でしかなく、学問の世界からはまったく相手にされない存在なのです。

ホームページに載せているいろいろな報告書・文章は評価されないのか?と思われるかもしれませんが、学問的には認められません。査読を経たものではありませんし、web上のものは後から書き変えができてしまうというのが問題になるようです。

以上、宮本隊長の事情説明でした。

122号(2019年2月)

アマチュアのモチベーション

アマチュアにとってモチベーションは大きな問題のひとつです。もうかるわけでもなく、賞をもらえるわけでもないのになぜ研究を続けるのでしょうか。

タヌキ調査も最初の頃は特にモチベーションが高かったわけではありません。そもそもタヌキを直接観察することはかなり難しく、目撃情報のメールもほとんどありませんでした。それでも続けられたのはコストがかからなかったからです。必要なことは既にホームページで掲示しており、後はメールが来るのをひたすら待つだけだったのです。

目撃情報が次々と来るようになった2008年ごろからは、メールの対応を優先しなければならなくなり、「きちんと対応しなければ」という思いが強くなりました。これがモチベーションのひとつになっています。メールは次々と来るのでモチベーションも途切れにくいです。

目撃情報が増えれば新しい事実もわかってきます。その面白さもモチベーションになります。
2010年頃にはこの分野では間違いなく世界一の情報量を持っている、という確信も持つようになり、さらに熱心に取り組むことになりました。

「情報を預かる者の責任」もモチベーションの一部と言えます。この調査研究は多くの人の協力があるから成り立つのであって、その成果はきちんとリターンしなければなりません。毎年、報告書を作成しているのはこういう使命感もあるからなのです。

「あらゆる人への情報提供」もモチベーションになっています。タヌキやハクビシンなどはいろいろと誤解されている動物です。そもそも見分け方すら広く理解されていません。正しく理解してもらいたい、という気持ちもあります。

コウモリの研究の場合、東京タヌキ探検隊!の経験を別の方向でもいかせないか、と思ったことが大きいです。タヌキに並ぶ都市動物で野生の哺乳類となるとアブラコウモリしか存在しません。アブラコウモリを選ぶのは当然だったとも言えます。
また、アブラコウモリは意外と研究されていない分野です。調べていけば何か新発見があるだろう、とは思っていました。それが「冬も活動するアブラコウモリ」の発見につながったのです。
東京コウモリ探検隊!は参加者が少ないためモチベーションの点では不利な状況です。そこで「東京都23区の全メッシュで調査」という大目標を掲げることにしました。ひとつひとつのメッシュを探索していく、というゲーム的な要素を取り入れたわけです。この目標、達成はかなり難しいものではありますが。

「タヌキが好きなんですね」と言われることがありますが、その論法だとゴキブリ研究者はゴキブリが好きでなければならないし、ニュートリノ研究者はニュートリノが好きでなければならないし、法律学者は法律が好きでなければならない、ということになりますが、実際はそんなことはないでしょう。モチベーションは好き・嫌いとは別次元のものです。
実際、私もタヌキが特に好きということはありません。嫌いではありませんが、その程度のものです。アブラコウモリもそうで、特にコウモリに興味があったわけでもありません。

アクティブラーニング

またまたシチズンサイエンスとは別のことになりますが、アクティブラーニングについても書いておきます。

最近、アクティブラーニングと言う言葉をよく聞くようになりましたが、簡単な説明が難しい用語です。
中央教育審議会の「新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ〜(答申)」の用語集によると

「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。」

とあります。
まあ、いろいろな要素が含まれていてよくわからなくなっているように見えます。

私なりに解釈して簡略化すると、
「教科書に従って勉強するのではない」
「問題を設定し、それを解決するために自主的に考え、行動する」
ということでしょうか。
趣旨はわかるけれども、本当にうまくいくのかな、と心配になります。学校の先生たちも大変そうです。

さて、なぜアクティブラーニングの話をしているのかと言うと、「東京タヌキ探検隊!」自体がアクティブラーニングのようなものだと以前から思っていたからです。
東京タヌキ探検隊!はひとつの疑問から始まりました。それは
「なぜ東京23区にタヌキがいるのか?」
ということです。(=問題の設定)

タヌキがいるのは偶然なのか、それとも人間が持ち込んだのか。その答えはどんな本にも載っていませんし、ネットにもありません(1999年当時はインターネットはあまり普及していませんでした)。それなら自分で調べるしかありません。
この疑問を解く手がかりはタヌキの生息分布です。これがわかればさらにいろいろなこともわかるだろうと期待できました。
目撃情報はホームページで呼びかければ集まるだろうと考えました(当時はtwitterなどSNSは存在しませんでした)。(=解決方法を考え、実行する)

この過程はまさにアクティブラーニングと言えるのではないでしょうか?
ただ、ほぼ1人でやってきたので「グループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク」という要素はありません。ですがグループでやっていたら多分うまくいかなかっただろうとも思っています。グループだと各メンバーの意見を調整せねばならず、とんがった部分を引っ込めねばならないこともあるでしょう。そんなことをしていたら東京タヌキ探検隊!は平凡以下の成果しか出せなかっただろうと私は確信しています。グループ活動は必須というものではありません。

学校の先生たちには「東京タヌキ探検隊!」を参考にしてほしいものです。
ですが、東京タヌキ探検隊!は唯一の正解ではありません。そのまま学校教育に当てはめることはできないでしょう。なにしろ1年2年の短期間では成果が得られないという大きな欠点があります。東京タヌキ探検隊!の良いところ、良くないところを分析して吟味して役に立ててください。
また、世の中の「仕事」には多かれ少なかれアクティブラーニングの要素があるものです。そういう事例をひとつひとつ拾い上げて検討してみることも今は必要かと思います。


「シチズンサイエンス編」ではシチズンサイエンス以外のこともいろいろと取り上げました。シチズンサイエンスを実践するにあたっては、より広い論点も必要だと考えているからです。
シチズンサイエンスについてはまだまだ書くべきことはありますが、ここでいったん終了します。

シチズンサイエンスもアマチュア科学者もさらに注目されることを願っています。

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